当初から、マグダレナ・ソフィアは、彼女の神の体験を「神の愛」として分かち合う最上の方法の一つは、学校教育を通してであると考えていました。
1801年に一つの小さな寄宿学校が彼女に提供され、10月17日、最初の聖心学院が始まりました。
大変感受性に富み、他の人に心をかけたマグダレナ・ソフィアは、この教育の影響を、財政状態にかかわりなく、できるだけたくさんの生徒たちに広げたいと思いました。
そして1802年1月に一つの無料学校を開きました。
同じく引き続き1804年と1805年にグレノーブルで、1806年と1807年にはポアテイエで開かれましたが、それは、公立学校が発達して私立の無料学校がいらなくなるまで、常に聖心の学校教育の特性を示していました。

マグダレナ・ソフィアの生涯の終わりには、84の寄宿学校と74の無料学校がありました。この信じ難いほどの発展は、ある点では、フランス革命中ほとんどの修道会が国外に追放されてしまったフランスで革命後学校教育が大変必要とされていたためでした。

1808年、聖心会はベルギーに新しく学校を設立しましたが、これは会が全世界に出て行く動きの始まりでした。

日本における約110人の聖心会会員は、学校での青少年の教育はもとより、さまざまな仕事を通して創立者が抱いたヴィジョンを受け継ぎ、人間育成に努めています。2013年4月よりシスター新庄美重子が日本管区の管区長です。
特に1815年と1846年の間に会の使命に基づく活動の意義深い展開が見られます。1816年から1829年までの間に会の修道院の数は5から24に増え、イタリアの2つを除くその殆どはフランスにおいてでした。中でも最も注目すべきものは、当時新世界と呼ばれていた大陸で、1818年ルイジアナに一つの修道院の設立をみたことでした。1842年にカナダ、英国、そしてアイルランドに、1843年にポーランドに、1846年にはスペインとオーストリア、ハンガリーに設立されました。1846年以後も新しい設立は続きました。1848年、オランダは聖心会を快く受け入れ、1854年にはあの大きな南米大陸で、チリに最初の家が設立され、1880年にはアルゼンチンがそれに続きました。それと同じ頃にシスターの小さなグループがニュージーランドに向けて出発しました。 次はオーストラリアで、1882年のことでした。

聖心会がアジアとアフリカに来たのは1908年で、東京とカイロに設立しました。 それ以来、会は、アジアではインド、韓国、台湾、フィリピン、そしてインドネシアに広がり、アフリカではコンゴ、ウガンダ、ケニヤ、そしてチャドに発展しました。1926年には上海に設立されましたが、シスターたちは1950年中国を去らねばなりませんでした。

この驚くべき発展は聖霊に導かれたものであり、 あらゆる所で聖心のシスターたちは「神は愛の神である」 という良い便り、福音を広めようと努めました。
今日の世界は愛に渇き、肯定と思いやりある関わり、そしてよい意味での挑戦を渇き求めていますので、 いまもなお新しい設立をのぞむ声が多くの国々から聞こえてくるのです。