(その1)
わたしは召し出しを考えるとき、主がエレミヤに言われたことばを思い出さずにはいられない。
「わたしはあなたを母の胎内に造る前から、あなたを知っていた。
母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し(た)」
私は7歳になり、母につれられて聖心女子学院に入学した。当時強烈な印象を受けたのは、神さまについて教わったことである。「神様と親しくなった人だけが天国にいけます」というシスターのことばが心の琴線に触れた。「神様と親しくなりたい」という思いが頭を離れず、洗礼を望んだ。しかし両親はわたしが未熟だからもう少し洗礼を待つようにと言った。ひざまずいて毎日祈った。「神様、わたしはあなたが在られるから幸い。早く洗礼を受けたい。」こうして神との親交が深まった。
中学3年のとき、父母が待ちに待った洗礼を許可してくれた。わたしは聖マグダレナ・ソフィアの霊名を頂いた。驚いたことに、洗礼に反対していた母はわたしに内緒で、武宮神父さまの講話に出席しており、カテキズムを学んでいた。そして自分も洗礼を望んでいることを告げ、同年の1950年に母も妹も弟も聖心の聖堂で洗礼を受けた。
かねがねわたしは修道院への召し出しを感じていたが、ある日ミサで祈っていると決定的な瞬間があった。御聖体拝領をしたとき、わたしは歩むべき道が疑う余地なく決定したことを知り、言い知れぬ平安で充たされた。
こうしてわたしは召し出しの恵みを頂いたが、どの修道院に召されているのか、分からなかった。それでいろいろな修道院を訪れることにした。しかしそのどれにも招かれていないと感じた。このことをMother Britt 学長に話すと、Mother Brittは一冊の本を取り出し、「これを読みなさい」と言われた。それは英語で書かれた、聖心会の創立者、聖マグダレナ・ソフィア・バラの伝記であった。そこには次のように記されていた。「聖心会(せいしんかい)はイエズスの聖心(みこころ)のより大いなるご光栄のために捧げられている。その使命は教育を通して聖心(みこころ)の愛を若者たちに伝えることにある。その霊性は祈りにおける神との深い一致である」
これを読んだとき、召し出しの焦点がぴったり絞られた気がした。それで聖心会に入会することになった。
ある日、母に聖心会に入会したいことを告げた。一瞬「しーん」とした後、母は言った。「いつか、あなたがこのことを言うだろうと思っていました。結婚の準備をしようとしても、全然気乗りがしない。あなたには他の道があると。今、それを聞いてよく分かりました。あなたが神の御旨にそって生きることが、わたしの唯一の望みです」
このようにして、母の理解は得られたが、もう一つ難関があった。父の死後、家族の支柱となってくれていた敬愛する祖父が猛反対するだろう。毎朝東に向かって両手を合わせて祈っている祖父の敬虔な姿は、幼い孫のわたしに、強烈な印象を与えていた。
時期を見計らって、わたしは祖父に聖心会に入会したい旨を告げた。祖父はこう言った。「神様がお決めになったことに対して、わたしは口出しできません。」
全く予期していなかったこの言葉に唖然とした。当時、祖父はまだキリスト教に無理解だっただけに、祖父の神に対する敬虔な態度には感銘を受けた。妹も弟も「み旨のままに進むことが一番良いと思います」と言って祝福してくれた。
そしてわたしは選んだ道を歩むことになった。決断の道程を思えば、それはわたしが選んだ道ではなく、偉大な力によって導かれた道であった。わたしに何が望まれているのだろう。わたしの人生のあらたな頁が開かれた。